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大津家庭裁判所 昭和60年(家)485号 審判 1985年9月26日

申立人 川井昭二

事件本人 アマリア・タロザ・ラモス

主文

申立人が事件本人を養子とすることを許可する。

理由

1  申立人とその妻であり、かつ、事件本人の実母である川崎サリーナに対する各審問及び当裁判所の調査結果に併せ、滋賀県草津市長認証の申立人戸籍抄本、フィリピン共和国プエルト・プリンセサ市地方市民登録事務所作成の出生登録証明書写し、その他一件記録を総合すると、次の事実が認められる。

(1)  川崎サリーナは、フィリピン共和国国籍を持つ1954年(昭和29年)1月25日生れの女性で、フィリピン名をサリーナ・P・タロザといい、1974年(昭和49年)7月23日同国プエルト・プリンセサ市の病院で事件本人を出産した実母であること。

(2)  サリーナのこの出産は、正式婚姻によるものではなく、同国人男性フランク・C・ラモスと約4ヶ月間の同棲中に妊娠し、出産に至つたものであり、しかも、同女が妊娠3ヶ月ぐらいのころフランクは突然姿をくらまし、出産時はもとより、その後現在に至るも行方不明となつているもので、事件本人は非嫡出子であること。

(3)  そこで、サリーナは、事件本人をアマリア・タロザ・ラモスと名付けて、出産病院を経由してその出生の登録をし、以後自分の手許で養育してきたこと。

(4)  ところで、法例第18条、フィリピン民法第15条によると、フィリピン身分法は在外フィリピン国民をも拘束する旨規定し、いわゆる本国法主義を採つているが、同民法第276条は認知主義を採用しており、出生の事実が証明されれば、同法第284条により母親は、自己の非嫡出子を認知しなければならないとされ、また同法第278条によると、認知は、出生登録で行わなければならないとされている。そこで、これを本件に当てはめてみると、事件本人は、実母の出生登録に基づく認知により母子関係が認められ、これを前提として、同国憲法(1973年2月17日)第1条第2号の規定により実母と同国籍のフィリピン国籍を取得していると認められること。

(5)  申立人とサリーナは、以前同女が来日し、大津市に滞在していた際、知り合つて結婚の約束ができ、昭和58年1月9日申立人がフィリピンに出向いて同女と同国の方式に従つて挙式婚姻し、同国駐在日本大使館経由で婚姻届を済ませたこと。

(6)  申立人は、婚姻届後直ぐ日本に帰国し、妻サリーナが出国手続等を済ませて同年6月来日入国したのを迎え、同女の外国人登録も終え、以来今日まで2年余にわたり大津市の肩書住所に同居して平穏な家庭生活を営んでいること。

(7)  事件本人は、実母サリーナが日本に入国した当時は9歳であつたが、なおフィリピンに留まり祖母のもとで養育されていたところ、祖母が交通事故に遭い不自由の身となつたため、昭和60年4月申立人夫婦を頼つて来日し、以来在留許可を得て申立人夫婦のもとで監護養育されており、現在11歳、入国後約半年を経て既に日本での生活にも十分なじみ、京都市内にある○○○○○○○○○・スクールに通学中であつて、今後も申立人夫婦の監護を受けて大津市で生活を送つていくものと認められ、大津市が事件本人の常居所地と考えられること。

(8)  申立人は、昭和56年以来○○○○○勤務の地方公務員の身分を有し、現在28歳、月収は約13万円余、健康な男性であつて、事件本人が妻の実子であり、婚姻当初から同人を引き取り同居することを考えていたこともあり、この際、事件本人と養親子関係を結び、将来の監護養育に当たりたいと決意して本申立に及んだものであり、事件本人の扶養、保護、教育に当たつて適格者と認められること。

(9)  申立人の妻も我が子である事件本人の幸福のため、本件縁組が最良の方法であると希望し全面的に賛成同意していること、また事件本人も、今回、申立人の養子となろうとする趣旨を理解していること。

(10)  最後に、法例第20条、フィリピン民法第311条によれば、認知された非嫡出子は、認知した母の親権に服すると定められているから、本件事件本人の親権者は認知した申立人の妻サリーナであると考えられるが、更に同民法第329条及び後記2の(3)に述べる大統領宣言第20条によると、非嫡出子の母がその子の父以外の男性と婚姻したときは、裁判所はその子のために後見人を選任若しくは指定することができるものとされている。ところが、事件本人の母たるサリーナが申立人と婚姻した際、フィリピン裁判所において事件本人のため後見人が選任若しくは指定された事跡は見当たらないこと、従つて、現在においても、事件本人の親権者は申立人の妻たる実母であると認められること(フィリピン民法第15条により本国法主義をとること前に同じ。)。

2  以上の事実に基づき考えてみると

(1)まず本件は、申立人が日本国籍、事件本人はフィリピン共和国籍であるから、いわゆる渉外養子縁組事件であるが、双方ともに滋賀県大津市内に住所、常居所を有しているので、日本の裁判所が裁判権を持ち、かつ、当裁判所が管轄権を持つことが明らかである。

(2)  そこで、法例第19条第1項に従い、養親となるべき申立人につき日本民法を、養子となるべき事件本人につきフィリピン民法を配分的に適用して養子縁組の実質的要件を判断するべきところ、フィリピンでは、未成年者の養子縁組については、前記のようにフィリピン民法第15条の規定があり身分法について本国法主義をとるため、結局事件本人につきフィリピン民法を適用することとなる。

(3)  ところが更に、フィリピンでは、現在「児童および少年福祉法典」(大統領宣言603号、以下大統領宣言という。)が施行され、同民法の養子縁組に関する規定は、すべて大統領宣言第27条以下の養子縁組の規定にとつて代られているので、結局のところ本件では、大統領宣言中上記養子縁組規定に則り判断すべきこととなる。

(4)  そこで、本件養子縁組の実質的成立要件をそれぞれ逐一検討すると

ア  まず養子となるべき事件本人については、大統領宣言第31条により親の同意が必要とされるが、前認定のとおり親権者たる母の同意があるほか、他に縁組の障害となる事由は認められないこと。

イ  次に養親となるべき申立人については、前認定のとおり養親として適格者であると認められること。

ウ  申立人と事件本人双方については

まず、大統領宣言第27条により、双方の間に少くとも15歳以上の年齢差を必要とするところ、本件では前認定のとおり17歳の年齢差があるほか、他に障害となる事由は認められないこと。

次に、大統領宣言第36条によれば、養子縁組については裁判所の命令が必要とされ、日本の家庭裁判所の許可の審判とは性質を異にするものであるが、いずれにしても養子となるべき子の福祉を目的として審査する以上実質的差異はないものというべく、当裁判所において命令の代行が許されるものと解するのが相当である。加えて大統領宣言第35条によれば、養子縁組命令前において、裁判所が養子をとる親に対し、少くとも6ヶ月間の監督付試験監護を行うものとするが、この期間は、裁判所の職権判断により児童の利益に沿う限り削減ないし免除することができるものとされている。この職権判断についても、前同様の理由により、当裁判所にその代行が許されるものと解し、前認定のとおりの申立人、事件本人らの現在までの生活状況に照らし、上記期間は、この際、これを免除するのが相当と考える。

3  以上の次第で、本件については、申立人が養親として事件本人の扶養、保護及び教育に適格であり、かつ、事件本人の最善の利益が本件養子縁組により促進されるものと判断し、主文のとおり審判する。

(家事審判官 原田直郎)

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